あと十年ぐらいはがんばろう

EddieTheFeminist 家庭内別居中

「雲丹」話

なにがって雲丹だよ。雲丹。
信じられないかもしれないが、私は社会人になって自腹で寿司が食えるようになるまで雲丹がきらいだった。少年の感性として、食い物として許せない範疇だったんだね。あとナマコ。ナマコは今でもあんまり好きじゃないが。
25歳の春、仕事帰りの神田駅前の江戸っ子寿司で雲丹に目覚めた。まず雲丹。それから雲丹。最後に雲丹。週一ぐらいで寿司と酒。
つまり、人生の最初の25年間、雲丹の素晴らしさを知らずにいたということが、取り返しのつかない損失であったなあ、とあれからさらに20年たったいま絶望する私はいったいなんだ。

しかし、なぜこんなことを書いてるのかというと。

先日、鶯谷の寿司店の大将だった叔父が亡くなった。わたしはその店で高校生のころバイトして、出前とアナゴ炙りの担当だった。まかないのトロだけの2人前握りがうまかったなあ。なんで当時雲丹が嫌いだったんだ、ばかな俺。