だから「住まう」と書いてある広告は、重々しくてカッコイイ住宅を目指しているが、日本語としてはヘンだということには無頓着でバカな広告だ。そういう家は、デザイナーズ住宅とかいってこだわりで高いがビーダマを転がすと四方八方に転がっちゃったりする危険性がある。 (思い出ハンドブックさま)
「住まう」という言葉自体は、それほど奇異には感じなかった*1けど、そういう言い方で広告をすることの背後にある姑息さや軽薄さみたいなものが、私をいらだたせる。結果的に同感。
他に、私が毎日利用する電車の車内広告なんかでも、一日のヤル気をそぐ効果抜群の言葉群にめまいがします。特に雑誌の見出し広告が酷い。今朝は「ヘビロテ服」にぶっ飛んだ。いったいどんな服なんだあ。*2